クライアント中心療法は、英語ではそのまんまclient-centered therapyと言いますが、コロンビア大学出身の心理学者のカール・ロジャースによってはじめられたものです。
彼はとかく精神分析療法は治療者が権威的で、一方的に解釈する態度だとして批判し、また行動療法も人間を物化しそれを操作しようとしている、として批判的でした。この批判とロジャース自身の臨床経験を元に「クライアントに対して対等な誠実な人間として出会う立場」、クライアント中心療法が構成されていきます。
ロジャースは後にマズローなどと「人間性心理学 humanistic psychology」を作り上げますが、ここでも、対等な人間としてクライアントに接し、その人の理解と尊重を元に、本人の自発的な成長を助けようとするその立場に変わりはありません。
クライアントの内面についての考え方はフロイトやユングとかなり共通しています。クライアントは自分の体験で重要な部分を認識していないか、それを拒否していて、だから緊張や不安がある、自分を信じられない、そうなったのは、周囲から押し付けられた期待や価値の条件に縛られ、それに自分を合わせようとしているからだ、というものです。
たとえば、あるものに興味があって何かをする、というわけではなくて、ほかの人が承認するものをやる、という感じ。義務とか責任とか、それを下に行動をするわけで、たとえば怒りたくても冷静を装うわけです。
初期のロジャースはほかの心理療法が指示したり導いたりしているという点を批判して、自分のは「非支持的方法」だ、と唱えました。この言葉は「結局何もしないのではないか」として、誤解を招いため、「クライアント中心療法」と名を変えていくことになりますが、それはとりあえずここでは置いておきます。
1957年、「パーソナリティ変化の必要にして十分な条件」という論文でロジャースはこの治療法の基本条件6つを定義しています。これは非常によく知られた条件ですが、あえてここで振り返ってみましょう。
1) 2人の人間が心理的な接触を持つ(クライアントと治療者の間には一定の意思疎通があり、関わりあうことができて初めて心理療法的関係が成り立つ)。
2) 第1の人(=クライアント)は自己不一致(incogruent)の状態にあり、傷つきやすいか、不安な状態にある。
3) 第2の人(=治療者)は、この関係の中では(=クライアントといるときは)自己一致(congruent)しており、統合されている。
この2)と3)で出てくる「第1の人」「第2の人」という言葉は、あくまで対等な人ですよ、という意味の表れ。でもって、自己の一致、不一致はとても重要な概念です。
自己が一致している状態とは、他者の評価や考えを含む「自己概念」と、自分が経験した、たとえばこう感じるとか、〜と考える、のようなもの(これを「有機体の体験」という)を重ねたときに、ズレが少ない状態です。
逆にズレが大きいと自己は不一致。これは数学の集合で使う「ベン図」で考えるとわかりやすいです。で、この自己が不一致なほど、自分が信じられない不安定な状態で、その不安に対処するために、適当でない防衛を用いて、ますます不安定になるとされます。
4) 治療者はクライアントに対して「無条件の肯定的な関心 unconditinal positive regard」を経験していること。
ここの無条件、とはクライアントの価値観や好み、行動様式がどんなであっても、それが自分とはいくら違うとしても、そのままありのままの姿を肯定的にとって、関心を持つ、ということ。存在そのものを肯定するということです。これによってクライアントは「価値の条件」から解放されます。
5) 治療者はクライアントの内的枠組みについて「共感的理解 empathic understanding」を経験しており、この経験をクライアントに伝えようと努めていること。
内的枠組みは準拠枠ともいい、その人の内的世界を構成するもの、その構成のされ方のこと。治療者はそれをまるで自分のもののように理解し、その理解を伝えて共有しましょう、ということです。
6) 治療者の「共感的理解」と「無条件の肯定的理解」をクライアントに伝えることが、最低限度達成されること。100パーセント達成しなければならない、というわけではない。
以上6つを満たして、一定期間継続すれば、おのずと建設的なパーソナリティ変化の過程が現れる、これ以外、どのような条件も必要ではない、というのがロジャースの主張です。まさに、自分は自分で治す、その力がある、という自己治癒力、そして自己成長力への信頼、というのがここには見られます。
さて。今ので十分分かると思いますが、クライアント中心療法では治療者の態度や聴き方、話し方などがとても重要です。
基本としては、
1) 治療者が安定して自分の中心に身を置く態度、分かりにくいので一言でまとめれば、自己一致を保つ。
2) クライアントが示すどのような態度も話も共感的に受け入れること、つまり無条件の肯定的関心をする。
3) そしてその理解をクライアントに伝えること。(反映)
4) より深く、明瞭な自己表現を促す問いかけをする。(非支持的リード)
5) クライアントの話を聞いて感じたことを伝え、それを通して指示や肯定をより明確にする。(自己開示)
などがあります。
実際にはとても難しいことばかりです。そのため治療者には訓練が重要で、研修会だったり、面接状況をテープにとって何度も聞き返したりして、その経験を積んでいくことが求められます。
また、クライアント中心療法ではフォーカシング(焦点づけ)という技法がよく知られています。これはジェンドリンという治療者から始まった技法で、ある状況や問題について、人が漠然と持っている身体感覚(これをフェルトセンス felt senseといいますが)に焦点をあわせ、その感覚を強め、言葉やイメージを通してそれをはっきりさせていくものです。
障害となっている漠然とした不安や不快感、いらいらやもやもやという身体感覚をはっきりと感じ取り、それに対する開かれた態度を見につけ、それをうまい距離をとって自分がしっかりと感じられる場所(これをソリッドスペース solid spaceといいます)を持とうとする、問題を抱えていても、確かな自分を維持できるようにする、という感じです。
フォーカシングはこれだけで行われたり、クライアント中心療法に組み込まれたり、集団療法の形式で使われたりとさまざまです。詳しくは専門の参考書などを見てください。
このようなクライアント中心療法は7つの時期を経て進んでいきます。
(1) 初期(第1, 第2段階)…話題が表面的で自分と関係ない話ばっかり。自分自身について分かっていない時期。分かっていても他人事のように話す時期。したがって、自分を変えようという力が弱く、自分は問題ないと思い、治療者を含む他者との親しい関係さえ危険なものとして避ける。つまり、人と距離を置いている時期。
(2) 中期(第3, 第4段階)…客体としての自分は、より流動的に表現できるようになる。感情表現が増し、それを自分のものとして感じるようになるが、嫌な感情はそれ自体を異常なものと感じ、こんなことを感じる自分は嫌なやつだ、として受け入れられない。ただ、感じ方に細やかさが現れてきて、自分への関心も高まってくる。そして、自己不一致に気づくようになる。親しい関係についての危険さは薄れてくる。まとめると、過去のつらい体験を感情を込めて話せるようになる時期。
(3) 後期(第5-7段階)…感情は十分豊かになり、表現も自由になる。涙が急に、のような感情が滲み出したりする体験が生じ、初めは戸惑うものの、次第に受け入れられるようになる。そして、「本当の自分 real me」でいたいという願望が強くなる。あのときのあれは私が悪かった、のような反省ができ、それはそれだけ自己肯定ができたことをあらわす。そしてロジャースが言うところの「十分に機能する人間 fully-functioned person」として生きられるようになる。
初期は誰にもあるとは限りませんし、実際には少しずつ変化していくので、こうくっきり分かれるわけではありません。
しかし、最終的には、矛盾もありのまま理解でき、現実的に対処できる、自分の体が出すシグナルを信頼できる、まさに自分の中にある価値観に従う、そして、目標や結果ではなく、そこへのプロセスに満足する「十分に機能する人間」へと進んでいくわけです。
このようなクライアント中心療法はたとえば「エンカウンター・グループ」という形で、健常者を対象に学生相談室や職場でも広く普及しています。また今では、人間の成長を目指し、経験や主観を重視する「人間中心療法 person centered therapy」としてさらに発展を続けています。